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京都地方裁判所 昭和43年(行ウ)116号の1 判決

原告

伊藤督太郎

右訴訟代理人

平田武義

外七名

被告

下京税務署長

被告

大阪国税局長

右被告両名訴訟代理人

井野口有市

外六名

主文

一  被告下京税務署長が原告に対して昭和四〇年九月三〇日付でなした。原告の昭和三七年分、同三八年分、同三九年分の各所得税の総所得金額をそれぞれ金九八万三〇〇〇円、金一〇〇万四八〇〇円、金八二万六八〇〇円と更正した処分のうち、それぞれ金二五万円、金二二万九〇五〇円、金二九万二五〇〇円を超える部分を取消す。

二  被告大阪国税局長に対する訴えを却下する。

三  訴訟費用のうち原告と被告下京税務署長との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間に生じた分は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  主文第一項と同旨。

2  被告大阪国税局長(以下被告国税局長という。)が原告に対して昭和四三年七月二二日付でなした、昭和三七年分、同三八年分、同三九年分(以下本件係争年分という。)の各所得税更正処分に対する審査請求についての裁決を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の被告らに対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張《以下省略》

理由

一請求原因1の事実(本件更正処分及び裁決の経過)は、原告が被告国税局長に対して審査請求をした年月日の点を除き、当事者間に争いがない。

二原告は、被告税務署長のなした本件更正処分のうち、総所得金額が原告の確定申告額を超える部分について、原告の所得を過大に認定した違法があると主張するので、まずこの点について検討する。

1  推計の必要性について

被告税務署長は、原告の本件係争年分の総所得金額を推計によつて算出し、これに基づいて本件各更正処分の適法性を主張しているところ、およそ所得課税は可能な限り所得の実額によるべきものであるから、所得の推計による課税は、納税者が信頼できる帳簿等を備えておらず、課税庁の調査に対して非協力的な態度をとるなどのため、課税庁において所得の実額を把握できないときに、はじみて許容されるものといわなければならない。

〈証拠〉によれば、下京税務署の調査担当者である藤原某が、昭和四〇年二月初旬、その数日後及び同年六月中旬の三回にわたり、原告方へ税金調査の目的で訪問したが、いずれも原告の都合で調査できなかつたこと、そこで藤原は、原告の申出により改めて同年七月九日右調査のため原告方を訪れ、民商事務局職員二名立会のもとに原告と面会し、原告に対して帳簿書類等の資料の呈示を求めたところ、原告は、帳簿書類は用意してあるが、素人がわからないまま記帳しているから、税務署で調査した結果を説明して欲しい旨要求し、調査結果について後日税務署が説明することを約束しない限り帳簿書類を呈示しないと述べたため、藤原はそのような約束はできないとして呈示を受けることなく原告方を辞したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、税務署から後日調査結果の説明を受けられなければ帳簿書類を呈示できないとして呈示を拒否したものであるが、現行法上、税務調査の結果を納税者に説明すべき義務を定めた規定は存在しないから、原告の帳簿書類の呈示拒否には正当な理由がない。

なお、原告本人尋問の結果中には、藤原が原告と面会した当日、下京税務署の課長が電話で原告に対し、民商会員に限つて調査の結果を説明しないと述べた旨の供述部分があるが、右供述部分はたやすく措信できず、他にこのような事実を認定するに足りる証拠はない。

そうすると、原告の所得金額を認定するための有力な資料たるべき帳簿書類の呈示が原告によつて正当な理由もなく拒否され、他に所得の実額を把握するに足りる資料の存しない本件において、被告税務署長が推計により原告の本件件係争年分の総所得金額を算定したことは適法であるといわなければならない。

2  推計の合理性について

推計課税が適法であるためには、推計の必要性のほかに、採用した推計方法自体に合理性があり、推計の基礎とした事実の選択が事案にとつて適切であること、すなわち推計の合理性を必要とする。

ところで、被告税務署長は、原告の本件係争年分の小切手支払総額から、各年分の仕入金額を推計したうえ、右仕入金額に別表四記載の同業者AないしFの平均的差益率、所得率を適用して原告の本件係争年分の総所得金額を算出した旨主張するので、右被告の推計に合理性があるかどうかを検討する。

その方式及び趣旨により公務員がその職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証の二の表書部分、弁論の全趣旨及び記載自体からみて、下京区内で文房具商を営む各納税者が被告税務署長あてに各年度の青色申告をするため作成したものであることが認められ、従つて真正に成立したと認められる乙第四号証の二添付の各所得税青色申告損益計算書、〈証拠〉を総合すれば、被告国税局長は、本件訴訟の資料に供する目的で、昭和四八年一一月二七日被告税務署長に対して通達を発し、下京区内の文房具小売を専業とする個人のうち、三年連続の青色申告者であつて、その売上原価が昭和三七、三八、三九年分とも六〇〇万円以下の要件を充足する納税者の右各年分の所得税決算書(損益計算書、月別仕入明細)の内容について報告を求めたこと、これに対して、被告税務署長は、昭和四八年一二月一一日付で、被告国税局長が右通達で指定した要件を充足する同業者六名の住所氏名を記載した報告書(乙第四号証の二の表書部分)を作成のうえ、右六名の昭和三七、三八、三九年分の所得税青色申告損益計算書(同号証の添付書類)を添付して被告国税局長に提出したこと(被告税務署長は右報告書の提出に際し、納税者の秘密保持の見地から、右所得税決算書を証拠として裁判所へ提出する場合には、当該納税者の住所氏名を明らかにしないよう申し添えた。)被告税務署長は、右各所得税青色申告損益計算書によつて、右同業者六名の本件係争年分の平均的差益率、所得率を求め、これを原告の同年分の仕入金額、売上金額に適用したうえ原告の本件係争年分の所得金額を算出し、これをもつて本件各更正処分の適法性を裏付ける根拠としていること、しかし、同被告は本件訴訟において、右同業者六名の氏名、住所を明らかにしていないこと、原告方における文房具小売業は、昭和三三年一一月に原告の妻が内職として始め、その後昭和三四年五月から原告が本業として営業するようになり、原告とその妻が中心となつて店を営業していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告税務署長は同業者を選択するに際し、場所的には原告の店舗の存する下京区内に限定し、原告が個人経営の小規模文房具小売店であることを考慮して、文房具小売を専業とする個人であつて、売上原価が昭和三七、三八、三九年分とも六〇〇万円以下の小規模業者に限定しているのであるから、原告と同業者との間における業態の同一性、営業規模の類似性につき一応の考慮を払つたものということができる。

また、青色申告者はその営業に関する帳簿書類を備え付け、事業所得に関する取引を正確に記帳するものであるから、右同業者六名の収入金額等も正確に算出されたものというべく、これを基礎として他の同業者の所得金額を推計することは合理性を欠くものとはいえない。

しかし、文房具業者の差益率、所得率を算定するにあたつては、被告税務署長の考慮した右諸条件のみならず、学校や事務所が近くにあるかどうかなどの立地条件によつて、取扱い商品もおのずから異なるし、営業年数、あるいは同業者の近接度、販売方法の相違(店頭売と納品売)、などによつて商品の値引販売の有無、程度等に影響を及ぼし、これらによつて差益率、所得率に変動を生ずる可能性も決して少なくないと考えられるから、これらの諸点も重要な要素として考慮されるべきものである。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、原告は、本仲係争年当時には、文房具小売業をはじめて未だ日が浅いため固定客が少なく、近くに学校が存在しないこともあつて、その販売方法は店頭売(主に現金売)が二〇パーセント、納品(すべて掛売)が八〇パーセントという状況であり、そのため人件費等の経費がかさむ一方値引きをすることが多く、また、取扱い商品も利益率の低い事務用品が主体となつていたことが認められ、右認定を左右するにたる証拠はない。

ところで、〈証拠〉によると、被告税務署長が本件推計の基礎資料を得るために選択した同業者六名中には、掛売の割合が七〇パーセントを越えるものはなく、主として掛売によつているとみられる者は同業者E一名程度であること、右同業者らの営業実績からみた現りで、現金売の割合が多くなる程所得率が高くなる傾向を一応看取することができるが、現金売の割合と差益率との間には有意な相関関係を見出しがたく、しかも右同業者間においてその所得率や差益率にかなりの偏差があることが認められるのであつて、このことに照らしてみても、所得率や差益率が販売方法のみならず立地条件、取扱商品、営業年数等の諸条件にも左右されるものであることを推認するに難くない。

そうすると、原告と右同業者との間に右の諸条件についても積極的な類似性のあることが肯認されない限り、右同業者らの所得率、差益率の平均値をそのまま適用して算出された本件推計所得額をもつてしては、未だ原告の所得実額との近似性を推定しうるだけの合理的根拠に欠けるものというべく、結局本件推計の合理性を肯定するに由ないものというほかないところ、本件全証拠によつても右同業者らの住所氏名や営業年数等が明らかでないのみならず、他に右類似性の存在を認めるにたりる証拠も見当らない。

なお、付言するに、原告は、同業者の氏名住所を明らかにしない推計方法は相手方の反証を封じ、訴訟における武器平等の原則に反するので合理性を有しない旨主張する。しかし、所得税法二四三条は、所得税に関する調査に関する事務に従事し、又は従事していた者が、その事務に関して知ることのできた秘密を漏らした場合には刑罰に処する旨規定しており、個別に同業者の同意を得ることなく同業者の売上金額、原価、差引所得金額等と共に、その住所、氏名を公表することはできないのであるから、他に秘密を保持しつつ同業者の所得率や差益率等を立証すべき適切な資料も見当らないので、同業者の氏名、住所を明らかにしない資料に依拠することもやむをえないところである。

また、同業者の氏名等を明らかにしないでする推計は、原告と同業者との間の立地条件の優劣、営業実績の差異等につき反証を挙げることを困難にする点は否定しえないところであるけれども、被告税務署長において、個別に同業者の立地条件、営業実績等を調査するなどして、原告との類似性を主張立証することは不可能ではない反面、原告において別の推計方法を主張し、あるいは原告の方に存在するとみられる帳簿等を呈示して容易に反証をなしうる途もあるから、同業者の氏名、住所を明らかにしないとの一事によつて右のような推計を不合理なものということはできない。

そうすると、同業者六名による本件推計は合理性を欠くから、被告税務署長のなした本件係争年分の各更正処分は違法なものとして取消を免れない。

三次に、原告の被告国税局長に対する請求につき検討する。

行政事件訴訟法三三条一項は、「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する」と規定する。右規定の趣旨は、取消判決の実効性を担保するため、行政庁に対し判決の趣旨に従つて行動すべき実体法上の義務を課したものと解すべきである。さらに、右規定における「その他の関係行政庁」とは、取消された処分または裁決を基礎又は前提とし、これに関連する処分又は附随する行為を行なう行政庁をいうと解すべきところ、本件における被告国税局長は、被告税務署長のなした原処分の適否を審査する裁決庁であるから、右規定における「その他の関係行政庁」に該当するものといわなければならない。

そうすると、被告国税局長は、被告税務署長のなした原処分を違法として取消した判決と抵触する判断はできないこととなるから、原告の被告国税局長を相手方とする裁決取消の訴えは、その利益を喪失し、却下を免れない。

四結論

よつて、原告の被告税務署長に対する請求は理由があるから、これを認容し、被告国税局長に対する請求は不適法であるから即下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 谷村允裕 安原清蔵)

別表 一〜七〈省略〉

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